隠蔽捜査
- 作者: 今野敏
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/01/29
- メディア: 文庫
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主人公の竜崎は、イヤな奴である。警察庁の長官官房に属するキャリアで、東大以外は大学じゃないと普通の人たちを敵に回すようなことを本気で思っていて、仕事一辺倒で、家族にも自分の価値観を押しつける。ように見える。ところが読み進むうちに、この画に描いたようなエリートが、実はかなりの変人で、なんとも不器用で、チャーミングな人間なのだと分かっていく。裏も表もない、正論の人、Mr.Principleとでも呼びたいくらいに原理原則に生きる人なのだ。
正論を言う人間は嫌われる。誰でも分かる正解がある。けれど、それは現実では難しいこともある。腹芸とか世俗とかお約束なんて聞いていて気持ちの良いものじゃない。だからこそ人は暗黙のルールというものを作り、予定調和で終わらせようとする。美しくないと分かっていることを敢えて口にしたくはないから。
竜崎はそうではない。正解は正解であり、大人になれと言われても納得しない。薄っぺらい綺麗事や理想主義なら鼻で笑うことができる。でも、竜崎にはその原理原則が根っこにある。たた青臭い机上の論理を振りかざしているわけではないのだ。権力には常に責任が付きまとうことも、「当たり前」だと思っている。その筋の通り方がなんとも気持ちいい。一緒に暮らすのはイヤだけど、*1同志だ、と近しさを感じてしまう。
竜崎の幼なじみの伊丹がいいコントラストを出している。男らしく、快活なタイプ。だけどこういう男らしいタイプって、意外とダメなときは脆いんだよなぁ。そうだよな。なんてうんうんと読みながら頷く。主人公だけでなく、実に人間描写が深いのだ。
読んでいて数年前のことを思い出した。自分では全く意識していなかったけれど、わたしは美しくないものに対する耐性がなさ過ぎる、と、よく指摘された。自分が美しくないと思うものを受け容れることはできなかった。他人に押しつけることはないけれど、悩んで悩み抜いて、それでも自らが美しくない選択をすることはできなかったときのこと。*2
2年前初めてマネジメントを経験したとき、どうすればマネジメントという職務が果たせるのか、悩んだこともあった。転職し、色んなスタッフに出会い、自分なりのマネジメントスタイルというものが得られたとき、報酬とか、肩書きとか、そんなことじゃなく、扱うものそのものの面白さに気づいたこと。
今の自分の仕事がなぜ性に合っているのか、と考えたとき、経営者にも上司にも左右されない、指針があることに気づいたこと。わたしが仕えているのはたしかに企業であり、経営層ではあるのだけれど、職務という意味では、わたしは法律なり原則なり公的なものに傅いている。それを求めて転職を続けてきたこと。
読後、そんなことをつらつらと思い出した。面白かった。お勧め。