my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

わかれの船

わかれの船 (光文社文庫)

わかれの船 (光文社文庫)

これらの作品を一作一作味わっていくと、みずから選択したかに見える「別れ」も、生木を裂かれるような「別れ」も、憎しみの果ての「別れ」も、計算された小意気な「別れ」も、流されるままに別れるしかなかった「別れ」も、人間という謎めいた船が暗い水面に残す波に似ていることに気づく。この世は「別れ」に満ちている―味わいあふれる名篇の数々。


収録作品の面子が圧巻。これぞアンソロジーならではの醍醐味。

  1. オニオンブレス 山田詠美
  2. 桃の宵橋 伊集院静
  3. 四歳の雌牛 林真理子
  4. 鳥獣虫魚 吉行淳之介
  5. アデンまで 遠藤周作
  6. 川べり 三浦哲郎
  7. ジョゼと虎と魚たち 田辺聖子
  8. 暑い道 宮本輝
  9. 夜の角笛 五木寛之
  10. 隆男と美津子 中上健次
  11. 桐の棺 連城三紀彦
  12. 鮒 向田邦子
  13. 不幸 A・チェーホフ 松下裕訳
  14. 猿籠の牡丹 水上勉


なんと切ない読後なんだろう。
これらを収録どおり順繰りに読んでいくと、苦手だと思っていた作家の作品なども読めてしまうから不思議だ。濃密な個性が凝縮して集まると、複雑な香水の調合のように、ひとつの大きな「別れ」という匂いに中和されてしまうのだろうか。単体でその作家の作品集を読んだとしたら、完読するにはきつい作家も、この形でなら楽しんで読むことができた。


ここに収められたものは、けして別れには思えないものもあり、耐え難い別れもあり、未来永劫の別れもあり、別れと出会いが絡んでいるものもあり、幸福な別れもあり、と実に多彩だ。

もしかしたら、別れこそ恋の最中よりも豊かでロマンティックなものなのかもしれない。幸福な状態における心のありようはどれも均質でバリエーションが乏しいのに比べて、なんと別れは複雑で繊細で多彩なんだろう、とその味わいの深さに舌を巻くからだ。こんな複雑多種な悲しみが何がしかの痕跡を残して、自分を形成してくれるとしたなら、それこそが見えぬ財産であると思う。だから、この豊かな不幸を知らぬことは、もっとも不幸なのかもしれない。そんな気さえしてくる。


宮本輝のあとがきがとても良くて、ジンと沁みる。