my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

理想と現実

娘には時間の余裕があるときはいつも手伝ってと声をかけてやってもらう。今日は一生懸命大根をピーラーでリボン状にしてくれた。人が作ってくれたものは美味しいので、わたしはついつい大根を食べ、娘は鶏団子を一生懸命食べる。満腹。

口幅ったいけれど、学校の勉強よりも台所で見よう見まねで覚えることの方が、わたしはとても大事な勉強だと思っている。野菜の名前、魚の名前、肉の部位。食べ物には旬があること。下処理の仕方。調理の仕方は理科の実験のようでもあるし、何より食べることは生きることだと言うこと。これらは子どもが生まれたら性別に拘わらずやろうと思っていたことだった。男の子でも彼女が熱を出したらお粥くらいさっと作れる男になっていて欲しいし、格好良くキッチンに立って欲しい。女の子なら日常を楽しむためには料理が好きな方がきっと楽だろうと思って。
そんなことを思っていたので娘が小さいとき、出汁のおいしさが分かる子になって欲しいと思って、毎日せっせと出汁を取っていた。まだ小さかった娘の寝顔を眺めつつ、食卓テーブルでせっせと煮干しの腸を取ったりしていたっけ、などと思い出す。お陰で味噌汁の味の違いがわかるらしく、汁物がないと文句を言うくらいになってしまった。出来合いのお総菜が続くと「なんでもいいからママのお料理が食べたい」と言われる羽目に。
キッチンで二人で過ごす時間はとても楽しいのだけれど、いつもそう言う時間がとれる訳じゃないし、手を抜きたい日もあるわけで。手抜きがばれるというのは、今となってみると、自分の首を絞めている気がしないでもない……。