my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

理由

理由 (新潮文庫)

理由 (新潮文庫)


朝日文庫版から鞍替えして新潮文庫でお召し替えしたバージョンで読んだ。
読み始めて、いつもの宮部みゆきとは違うノンフィクションタッチの文体に若干面食らう。ある時はインタビュー形式であり、ある時は雑誌記事調であったり、ある時は再現ドラマのようであったり。
解説によれば、宮部みゆき自身が<「NHK特集」をやろうと思っていた>と語っている。世間を騒がせた事件を、事件のほとぼりが冷めてから詳細にインタビューしたり、記事にしたりしてくような記述は、著者自身の新たな試みであったのだろう。腕の立つ作家ほど、身に付いた文章作法を脱ぎ捨てて、こういった新たな記法に挑むことが多い気がする。その気持ちは分からないでもないけれど、その抑えた「NHK特集」調が淡々としすぎていて、ミステリーとしては盛り上がりに欠ける。正直、いつもの彼女の文体の方が面白かったかな、と思った。沢山の視点から語られる事件の背景などは個々の描き分けができていない訳ではないが、やや単調に感じてしまう。いつしか事件の特異性も薄れてしまうし、犯人も早めに予想が付いてしまう。

そんなわけで、なんとなくだらだらと読んでいたが、ラストで「さすが手練だなあ」と思わせられた。少年が投げかける何気ない疑問は、事件自体の奇妙さとか、平坦な記述とか、そういったものを押し退けて、はっと胸を打つ。少年の疑問こそがこの物語のテーマであるからだ。一見特異に見える事件も、怪物のように相容れぬ犯人も、誰でも繋がれている重い血という紐帯からひたすら逃げようとして、起きたことなのだと。
血縁とは、傍目から見て平凡で普通でも、内部に入らねば分からない様々な事情があるものだ。だからこそ家族という紐帯を煩わしいと思うことはけして稀有なことではない。寧ろ若き日に誰でも経験があることなのだと思う。それでも、繋がりを絶とうとして生きることは難しい。たとえ血の繋がらぬ他人とであったとしても、生きていけば必ず縁が生まれ、干渉し合う。全ての人と淡交するわけにはいかないのだ。もし、それを尽く拒んだなら…、少年の何気ない疑問は、わたしたち全てに全く無縁の出来事ではないのかもしれない、と思わせる深さがあった。

締めが鮮やかなのは、さすがだと思う。そしてどんな物語を書いても、彼女の話には救いがある。これは作者自身の持つ豊かな愛情が、残酷さをも中和するのだろう。読むたびに、宮部みゆきは女性だなと、つくづく思う。