my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

遣らずの雨

気分良く出かけて、いつもの駅に降り立つと驟雨だった。
例によって傘を持たずに出たので、駅ビル内をうろうろして傘を買う。ビニール傘で間に合わせても良いのだけれど、先日会社の置き傘がなくなっていて、傘が足りなかったのでキチンとしたのを買おうと思った。娘のも先日傘の骨が折れてしまい、ついでにこちらも買おうと傘売り場でうろうろする。娘は大好きな水色の傘。いつもはプリントものやキャラクターものが多いのだけれど、今回はおとなしめのギンガムチェックと無地が交互になった模様の傘を即座に選んだ。問題はわたし。
傘や帽子は顔うつりに反映するのでやっぱり似合う色がいいはず。となると、わたしのベストカラーは赤紫なので、近い色から探す。ラベンダーピンク系の色が何本かあったのでいくつか広げてみた。一番気に入ったのは、光沢のあるラベンダーピンクの無地の傘で端に小花模様のパイピングがしてある。広げると傘の中だけ同じ花模様になっていて、表にもうっすら模様が見える。値段を見ると気に入ったのはやはり一番高かった。でもいいや、と購入。

外に出ると雨は一層酷く、外に飛び出す勇気が出ない。戸惑っていると、保育園の時一緒だった男の子を娘が発見する。体格も随分大きくなっていて、5キロのお米の袋を抱えてお買い物につき合っているのだ。
「うわぁ、偉いねえ。かっこいいね。きっとそういう男の子は女の子にもてるよ」と褒めると、「だろ?」と輝かしい笑顔。思わず笑ってしまった。
お母さんと雨宿りしながら話す。すると、同じ保育園で彼と同じ小学校に行った男の子が、昨日転校したということだった。6月の日記で悩んでいるお母さんのことを書いたけれど、結局、その男の子は周囲と折り合いが付かず、どこかへ転校したのだという。
ちょっと乱暴だったけれども、天真爛漫で、悪い子ではなかったのに。大雑把ではあったけれど、男らしい面もあって、けして問題児ではなかったのに。お母さんは眠れないくらい悩んでいたのに、結局そういう消極的な道しか選べなかったのか、と悲しくなった。
「で、どこへ行っちゃったの?」
「知らないの。実家は何処かしらね? 聞いてる?」
「ううん、知らない……」

遣らずの雨を眺めながら、ため息をつく。同じ東京の片隅に住んでいても、3年間同じ場所に通い毎日顔を合わせていても、わたしたちは驚くほど他人のことを知らないのだという事実に。
東京はとても狭くて広い街だと思う。こんなに狭い土地に沢山の人がひしめき合っているのに、一度別れると偶然に出会うことなどなくなってしまう。ここで沢山の人と出会って、そして別れて、電話もしなくなるうちに、住所は変わり、職場は変わり、そのまま消息さえ分からないことが沢山ありすぎる。どうしているのかしら、と、思う顔が増えていく。
あの男の子の笑顔を、憔悴していたお母さんの顔を、思い出して、胸が痛くなった。
どうか、元気でいますように。
そう思うことさえも、わたしは忘れてしまうのかもしれないけれど。折角相談してくれたのに何も出来なかった自分が歯痒くて悔しいけれど。
それでも、祈りたい。

信号が青になったのが見えて、わたしは「お先に」と雨の中を飛び出した。