my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

一人の夕べ

帰宅途中に何度電話しても娘が電話に出ない。鍵を忘れたらよく上がらせていただくお宅に電話しても来ていないという。夕食の買い出しも諦めて、急いで帰宅して、煌々と輝く窓の明かりを見て安心する。良かった、きっと眠っているんだろう。
鍵を開けて、ドアがビン!と止まる。ドアチェーンだ。チェーンをかけたまま娘は熟睡していたのである。……当然ながら中に入れない。ドアの隙間から何度呼んでも、携帯から電話をかけ続けても、娘は起きない。ドアの隙間から娘の名を呼び続けたが、道行く人の視線も気になるのでくたびれてしまった。
実はこれが始めてではないのだ。そしてその時は部屋に入れたのが夜8時をゆうに回っていた。あの時はとても困ったと話したのに、自分が困ったわけでもないから、また忘れてしまったんだろう。そういえば昨日なかなか寝てくれなかったし、今日はプールがあったのでくたびれてもいるだろうし、この様子じゃあと1時間は起きそうもない、と諦めた。これほど用心していれば却って安全ではあるし、さすがに2度目ともなるとドアの前に張り付いて、イライラするよりも、時間を潰す方がいいと思ったのだ。頃合いを見て電話してみよう。それに目覚めたら間違いなく携帯に電話をしてくるだろう。
仕方なく、駅の方角へと逆戻りする。今日は金曜日の夜だ。暮れていく街。行き交う人の顔も、町並みも華やかに見える。普段は時間に追われているくせに、いつもゆっくりしたいと思っているくせに、いざこうして予想もせず自由な時間が出来てしまうと、途方に暮れてしまう。情けないくらい時間の使い方が分からないのだ。わたしは一人でいたら何をしたいと思っていたんだっけ?
仕方なく喫茶店で読みかけの文庫本を読むことにした。夜に女が一人で入れる店は限られているものだ。別にそんなこと気にしなくてもいいのかもしれないけれど、誰かを待つのと、時間を潰すのとは心持ちも違う。一人がこんなに心許ないものだなんて、普段そう感じたことはなかった。
ふと思う。もし娘が生まれていなかったら、わたしは今頃どうやって生きていたんだろう?と。早く帰る必要はない。こんなに毎日焦る必要もない。好き勝手に映画も旅行も習い事も飲み会も、何でも出来ただろう。その代わり今よりももっとずっと寂しいはず。きっと、まっすぐ家に帰りたくなくて、残業ばかりしているのがオチかもしれない。
アイスカフェオレを一杯飲んで、電話を掛けた。2コール目で寝ぼけた声の娘が出た。
「今起きた。起きたら誰もいなかった……」と涙声。チェーンかけて閉め出したのは誰だよ?と言いたいのは山々だけれども。



「遅くなっちゃったし、今日外で食べようか?」