my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

葬儀屋の未亡人

葬儀屋の未亡人 (ハヤカワ文庫 NV (1001))

『葬儀屋の未亡人』フィリップ・マーゴリン著 加賀山 卓朗訳 ハヤカワ文庫 ISBN:4150410011

夫を殺した強盗を逆に射殺した上院議員エレン。世間は悲劇のヒロインに強い同情を寄せ、彼女の支持率は上昇する。だが鑑識による現場の調査は意外なことを物語った。血痕の鑑定結果をもとに、警察はエレンを逮捕、殺人犯として起訴する。法廷に世間の注目が集中する中、事件の審理を担当する判事クインは思わぬ事件に巻き込まれ、裁定を操作するよう恐喝される。事件の背後には何者かの意志が動いているのか。


選挙活動中の上院議員エレン、事件を捜査する警察官アントニー、判事クイン、エレンの政敵…と複数の視点から語られていく展開は『黒い薔薇』を彷彿とさせる。散在する物語をマーゴリンははてさてどう収束させていくのか、と楽しみに読み進める。どんでん返しは当たり前なので最後まで気が抜けないが、今回の読後感はなんだか爽快というよりか、微妙な味わいであった。

まず、仕掛けが微妙で引っかかる。犯人の用意したスキームは大かがりでありながらしかも細かく、修正不可能であるという点だ。賭けと呼ばれる部分が悉く成功するには、多くの「読み」を必要とするはずなのに、それが可能な状況だったかどうかを考えると、どうも現実味がない。より良い計画には遊びの部分が多く含まれておらねばならず、事態の変化に流動的に対応できるよう仕組まれねばならないのだけれど、謎解きの部分で「ああ、そうなのか、なるほど」と得心がいくよりも、不思議と首を傾げる気持ちの方が多かった。どう見てもリスクが大きくて、巧妙というよりは、衝動的。衝動的な割には、複雑。しかも複雑な賭の全てが成功していて、しかもそれは利害に基づいた計画殺人なのだから。これまで展開してきた伏線から感じるほどには犯人の巧緻さを感じない謎解きだった。
また、こういう大きな賭を実行するには、それが似合う犯人の胆力を要するのだけれど、それも感じられなかったという点。結局、犯人の行動原理や心情に今ひとつ入れなかったのが、謎解きに引っかかった所以かも知れない。紋切り型の犯人以外は、人になら誰にでもある弱さや悲しさ、というのが感じられないと、カタルシスは得られないものなのだろうか。
エピローグも微妙。仕掛けの大きさだけを匂わせて、複雑な味わいで終わるって言うのは犯人の強大なエゴの残した傷跡を見るみたいで、なんとなくこれまでのマーゴリンの持ち味と違う気がした。警官のささやかな優しさとか、判事の人間的な成長とか、市井の人々にも共感が得られやすいヒューマニティ溢れる結末だって用意できた筈なのに、何故そこで終わらせるのかなぁと複雑。結局、最後の一行を読み切ったときに残るのは、クライマックスの盛り上がりでも、好きだった場面でもなくて、ラストをどう読んだか、なのかもしれない。だからこそ読後感の味わい深さは大事なんだと思う。読後感が味わいがあればあれほど、いろんな場面を思い出すこともできるんじゃなかろうかと思うのだ。


デザートは大事。