my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

陰の季節

陰の季節 (文春文庫)
『陰の季節』 横山秀夫著 文春文庫 ISBN:4167659018


警察小説といえば、事件があって、犯人がいて、推理から捜査から逮捕劇が…と、普通は捜査畑の人間ばかり思い浮かべる。だがこれは警察内部の管理畑の話である。事件はあるにはあっても警察組織を守るために内部で処理する問題である。丸く収めねばならない事件である。これは、日の当たらない、当ててはいけない事件が、如何に起き、どう処理されるかを様々な管理部署の人間を主人公にして描いている物語なのだ。とはいっても事件そのものがけしてつまらないと言うことはなく、十分にスリリングで面白かった。ミステリーの面白さは事件の規模ではなく、対象にどれだけ近づけるか、そこから何を汲み取るか、なのだということがよく分かる。
派手な捜査や逮捕劇が起こらない分、内密に行われる調査はスリリングだし、複雑な読みとじりじりと押し迫ってくるようなプレッシャーは十分に引き込まれてしまう。これは何があったのか、どうしてそうするのか、という筋書きを見極める心理戦とでもいうべきミステリーだと思う。主人公が入れ替わり交差しながら語られる4つの短篇は、どれも唸るような結末を用意されていた。犯人が分かり、謎が解ければカタルシスを得られる、というお決まりのコースではない、複雑な妙味。そこには爽快さよりも、苦さや悲哀や仄かな甘さがある。
けれども、それこそが日常であり、人生なのだとも思うのだ。普通に会社に勤め、サラリーをもらって生きる多くの人間には、その複雑な味わいこそが却って近しい物語だと。私たちは多くのことを日々気づかずに通り越してしまうけれど、この物語の主人公たちのように、一人の相手を想像し、その人生を想い、何を考えて何をするかを深く探ると、この物語が特別複雑なものではないはずだと思うのではないだろうか。日常の中にもドラマはある。そして何を感じ、何を得るかは自分次第なのだと。


いつものような朝でも、いつものような毎日でも、同じ日は二度とない。いつものように微笑む人も、いつものように暮らす私も、昨日とはほんの少しずつ変わっているし、変わっていく。ただ「いつも」と決めつけているのは、そうするほうが楽だから、なのかもしれない。