my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

はてなダイアラー絵本百選

すてきな三にんぐみ
すてきな三にんぐみ』 トミー・アンゲラー作 今江祥智訳(ISBN:4033270205)(ISBN:4033211608


娘の5才の誕生日だった。場所はジブリ美術館宮崎駿監督の好きな本だけを集めてある図書室。そこに、この大型本が特等席のように置かれていた。あたかも開かれるのを待つかのように。とんがり帽子に黒マント。目つきの悪い三人組。暗い蒼の背景に赤く浮かぶ大まさかり。大きくて本というよりは紙芝居のようなその表紙をめくる。


「あらわれでたのは、くろマントに、くろい ぼうしの さんにんぐみ。
それはそれは こわーい、どろぼうさまの おでかけだ。」


娘がじっと聞き入る。アンゲラーの絵はおよそ絵本らしくなく、色も控えてあるけれど、その構図はとてもドラマティックだ。小さな声で読み始めると、いつの間にか男の子がふたり寄ってきた。読んで、と無言で合図しているのが分かる。子供たちが沢山いるものの、場所柄を憚り、恐縮しつつ、更に小さな声で読む。すると、耳をそばだてて本の方に近づいてくる。わたしはあくまで娘に読む振りをして、見知らぬ小さな聞き手さんにも見えるようにページをめくる。


「この さんにんぐみに であったら、
ごふじんは きを うしない、
しっかりものでも きもを つぶし、
いぬなんか いちもくさん……。」


アンゲラーの描く主人公はいつも「負」のイメージを負わされたものばかりだ。コウモリだったり、蛇だったり、ブタだったり。子供が喜んで飛びつくような主人公は登場しない。そして、そんな暗い世界の住人たちの中にある輝くような美しさや、とびきりの優しさや、えもいわれぬ温かさを、彼はいつも鮮やかに取り出してくれる。まるで黒いベルベットの上に煌めく一粒の宝石をそっと置くように。

だからこそ、わたしはアンゲラーが好きなのだと思う。いかにも優しい人の優しいお話や、可愛らしい動物の可愛らしいお話よりも、忌まわしい泥棒がみなしごの女の子をそっと抱きかかえる姿や、真っ黒なコウモリが鮮やかな蝶に身を焦がすほど憧れる想いのほうがはるかに胸を打つ。一見隠されて見えないものの中にこそ、素敵なことが潜んでいるのだと教えてあげたくて、アンゲラーはこの話を愛娘に捧げたのかもしれない。


偏見や評判や見た目だけでは、大切なことを見逃してしまうかもしれないよ。だってほら、この三人組は目潰しの胡椒を持っているけれど、馬はそれで死ぬことはない。まさかりは持っているけれど、馬車を壊すのに使うだけ。ラッパ銃は脅すだけ。宝はただ集めてみただけ。怖い怖いと言うけれど、本当に本当に、怖いのかしら? 
そんなことを心で語りかけながら、読んでいく。


瞳の曇りが溶けたとき、絵本の中に色が点り出す。赤い帽子に赤マント。こわいこわい三人組は、いつしかすてきな三人組になっていく。
「はい、おしまい。」

本を閉じて、そっと振り返ると、いつの間にやら増えた子たちが本に手を伸ばしていた。そばにいた親御さんの腕を引っ張り、本を指さしている子もいる。さりげなさを装い、娘の背中を押し、部屋を出た。


この三人組に出会った子供たちのように、いつか、あなたの人生にも、忘れないようにと心に刻む人ができますように。そして、子供たちに出会った三人組のように、何気なくて、大きなきっかけを、どうか見逃さずに生きていけますように。これから訪れる様々な出会いを自分の目と心で、感じ取ってくれますように。


公園の桜の花の下で娘とアイスクリームを食べながら、わたしは澄んだ空を見上げて呟いていた。