my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

あの頃に戻って

久々の定時帰り。足取りも軽く会社を出て、本屋へ向かう。懐かしい紙とインクの匂い、本の匂い。静かに整然と並べられた書架は穏やかで雄弁。ここ1年わたしは本を手に取る心のゆとりがなかった。必要な実用書だけを立ち読みしてレジへ持っていく日々。ゆえに本のチェックは全くしていない。まるで不義理した恋人に会いに行くみたいな気分だ。いつでも待っていてくれる、いつもそこに穏やかに微笑んでくれる、優しい恋人。馴染んだその手触り。
小さな頃から本が好きだった。本を開けば、ここにいながら色んな世界へ行けた。古の異国へも、幻の国へも、空の上へも、深海へも。狂おしい恋も、穏やかな愛も、切ない夢も、昏い絶望も、眠るのも忘れる興奮も電車の中ですら涙が出てしまう感動も。本はわたしの先生で友達で恋人だった。何でも知っていて、何でも教えてくれて、手を伸ばせばすぐ届く。
久しぶりに並ぶ本の顔は、少し余所余所しくて、リニューアルした書架は探しにくくて、どれを選べばいいのかすら、勘が働かない。ずっと見ないでいたら少し気恥ずかしくなっちゃう、そんなよそ行きの顔。
うん、でも、この子を連れて行こう。わたしよりわたしの嗜好を知っている人に「本好きの少女に戻ってガッツリ読める」とお勧めされたから。今はただ本好きの少女に、戻りたいから。