my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

昨年秋に退職をした。
M&Aに次ぐM&Aで親会社が次々変わり、上司がめまぐるしく入れ替わり、様々な環境の変化で悩み、苦しみもしたが、最終的にわたしの重い腰を上げさせたのは、会社の将来に対する危機感だったと思う。
気晴らしに、と始めた転職活動が、実際にわたしを動かした。暗く淀んだ古い船から蒼く深い大海とキラキラと輝く真新しい船が見えたからだ。
この海原を渡る勇気がわたしにあるだろうか?
そう考えていたとき、新しい船が近寄ってきた。
手を差し延べられたとき、もう振り返る気はなかった。わたしは軽やかに船に飛び移った。

人は何のために働くのだろう?
そんなことをこの9ヶ月ずっと考えていた。

新しい船には緻密な構造はなかったけれど、未来と夢が沢山詰まっていた。みんな船を漕ぐのに必死で、勢いよく水飛沫がかかってきた。
おそるおそる櫂を持ちながら妙な違和感を感じずにはいられなかった。
ここがわたしの座席なんだろうか?
ここでわたしの役割が果たせるのだろうか?

一人が言った。
自分の座席は、自分で作る努力をすることだ、と。
座席を作り、船を漕ぎながら、メンテナンスをした。休まる暇はなかった。
櫂を持つ手は離せない。でも、でも・・・
ここはわたしのいる場所なんだろうか?

プロフェッショナルでありたい。
ずっとそう思っていた。
けれど自分の望むレベルまで、引き上げていく余裕もない。また、それがこの船にとって良いことであるとは何故か思えない。
そのことすら、おそらく誰にも分からない。

何故、わたしはここにいるんだろう?
その時、水飛沫が大きくかかった。
何かが、心の中で音を立てて壊れた。
もう、漕げない。そう思った。
座席を立ち、掃除をし、代わりの漕ぎ手を探した。

もうわたしは海と他の船しか見ていなかった。
疲れているけれど、きっと次の船まで泳げるだろう。
不思議な自信があった。それは予感にも似た確信めいた自信だった。