my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

感じて。息づかいを。

感じて。息づかいを。 (光文社文庫)

感じて。息づかいを。 (光文社文庫)

恋愛のはじまりに、恋愛のさなかに、恋愛の果てに、人がどんなふうに感じ、どんなふうにねじれ、どんなふうに解放され、どんなふうに変化し、どんなふうにとどまるかを、これらの短篇は語る。/そこには恋愛のエキスのようなものが、幾滴も、しみこんでいる。(「選者あとがき」より)
 恋愛の渦中にある人間の息づかいが聞こえてくる名作八篇を、川上弘美が独自の視点で厳選。

たとえて言うなら、とびきり上等なアソート・チョコレートみたいな本。
恋愛アンソロジーなんて銘打っておきながら、実はかなりひねくれたセレクションであるのがなんとも、いい。坂口安吾の「桜の森の満開の下」ではじまり、車谷長吉の「武蔵丸」でしみじみとし、野坂昭如の「花のお遍路」で暗くやるせなく、と、どんどんと違う味わいの美味なチョコレートをついばむ気分だった。
それは口当たりがいいだけの軽いお菓子ではなく、うんと苦かったり、辛かったり、重く甘かったり、妙だったり、ずんと残る味。だけど、やめられない。不思議とまた手が出てしまう。キレイなだけの、美味しいだけの恋愛なんてどこにもないというのに。いや、だからこそ、なのかもしれない。

読み終わったとき、恋愛って何だろう、と思う問いは、そのまま「生きるって何だろう」という問いにすり替わっていた。命のエッセンスが凝縮されているからこそ、これらの短篇たちから目を逸らすことができないのだろう。
生きて、捕らわれて、縛られて、捩れて、たゆんで、解放されて。
そこには何もかも剥ぎ取った裸の自分しかいない。
人が精一杯自分と、相手と向き合う、その瞬間。それこそ生ある人の息づかいなのかもしれない。