my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

薬指の標本

薬指の標本 (新潮文庫)

薬指の標本 (新潮文庫)


楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡…。人々が思い出の品々を持ち込む「標本室」で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは…。奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。

透明感のある読みやすい文体。静かで甘美で切なくて、と、女流作家によく見られる独特の旋律のような文章。そして、その調べに乗せられて読んではしまうものの、多分また手に取ることはないであろう、と思うのも一緒なのは何でなのだろう。けして面白くないわけではない。でも、正直、食い足りない。おそらく多くの女流作家の世界が、綺麗すぎるのだ。痛みも嫉妬も、恋い慕う思いも。どんな血生臭いモチーフになろうと、それはセルロイドのような質感で、異国の美しい言葉のようで、胸をわしづかみされることはない。多分、わたしにとっては。

もし、どんなものでも標本にできるとしたら、何を標本にしたいだろう。多分、わたしには標本にして自分から切り離したいものなんて、何一つないのかもしれない。どんな痛みも傷も、失敗も過ちも、他ならぬわたしの一部だから。
たとえ恋愛という範疇においてすら、愛する人と、自分との、境目が無くなってしまいたいと思う誘惑に屈さないわたしは、やはり異端なのかも知れない。などと思ってみたり。時を止めて永遠を手に入れるより、まやかしの夢より、痛くてもたしかな現実が欲しいなんて思うんだから、仕方ない。
ま、そんな女もいたっていいさ、と思ってもみたり。