my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

新しいけれど古い場所

休日の方が人が絶対に多いだろうと思うような駅周辺の雑踏に混ざって、雨の中、地図を頼りに移転先を目指す。細かく別れた地下鉄の出口や大きくてお洒落なビルや、美しいショーウィンドウなどをきょろきょろと見回しながら、細い路地に入り、まだ看板もない目的地に到着。不動産屋の広告では、大仰そうなカタカナの名前がついて、綺麗な外観の写真のついたビルなのだが、実際に見てみると「古いな」というのが第一印象。建設当初は格好良かったのかも知れないが、今ではどよんとくすんだ感じがするような。

昔、再就職をしようと活動をしていて、はじめて今の会社のエントランスに入ったときを思い出す。当時は打ちっ放しのビルで重厚なドアで一見警戒しそうなルックスだったのだけれど、何故か自動ドアが開いた瞬間に、わたしは「あ、わたし、ここに迎えられている……。」と感じたのだ。あの建物の中の空気を吸った一瞬の不思議な感覚。
結果、数週間後にわたしはそのビルに通うことになった。そして、自分には手に負えないのではないかと思うような仕事を任され、もうダメかもしれないと思いながらも食らいつき、何度か会社の変化に付き合いながら、わたしは今もここにいる。気がつけば全てが徐々に楽になっていた。それもこれも、思えば、あの時の感覚が今でもわたしをここに留めさせている気がするのだ。理屈ではなく肌で感じた何か。それは愛社精神とか恩義とかではなくて、執着、とでも呼んだ方が近いのかもしれない。

あの頃のような郷愁や懐かしさにも似た特別な感覚はこの建物には感じなかったけれど、それでも建物の中は結構明るく、こじんまりとしていてイヤな感じはしない。(余談だが、わたしは普段理屈っぽくて頭でっかちなくせに、建物に関しては古かろうと新しかろうと、嗅覚で判断するクセがある。)
今朝搬入された段ボールをとにかく開けては適当な場所に納め、またこんもりとゴミを出す。以前より狭いけれど、新しいデスクに新しいチェア、新しい電話機が使えるのは気分がいい。収納も使い心地は良さそうだ。ここで仕事をすることになるのか、とこれからのことを想像してみたりする。
途中トイレに行こうとして、このフロアには男子トイレしかないことを知る。フロアが狭いので階下に降りないといけないらしい。それはちょっと不便だなぁと同僚の女性と話していると、総務部長が「共用にするか?」と言うので、「それはイヤです」と断った。
片づけが終わると外はもう暗い。雨は一層の寒さを増していて、手が冷たい。手袋を持ってこなかったことを後悔したりする。近くでご飯を食べ、ぶらぶらきょろきょろとしつつ最寄り駅に着いた頃には雨はみぞれ混じりになっていた。滑る足下に神経を使いながらの帰宅。
それでも以前より通勤場所がうんと近くなったのは嬉しいし、目新しいところでまた仕事をする、というのは、些細な日常に違う空気が入り込んでくるようでワクワクする。あとは、せめて平日の朝は通勤時に今日ほどの人混みじゃないことを祈るのみ。ここでまた楽しい思い出が作れますように。