my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

引っ越しの日

先月から定期を止めて使っていたパスネットを改札に通す。残金が、帰りの分を引いて30円ほど残る額が表示された。この駅に降りるのも今日が最後だな、と思いながら朝の改札を出て、スニーカーを履いた足で元気に地下鉄の階段を駆け上がる。

乱雑に積み上げられた段ボールの箱。まだ組み立てられていない引っ越し会社のキャラクターの入った段ボール。沢山のシールとテープ。マジック。
引き出しの中の物を梱包、梱包、また梱包。

あっという間に午後が来て、整理には時間がかかったのに、あっけないほどの勢いで運ばれていく段ボールと機器と家具。このビルに来て2年弱。本社ほどほこりは立たなかったが、それでも荷物を纏めると結構な量になるものだ。今回は引っ越し先のスペースにも余裕がないため、思い切って3年以上前の書類は廃棄という方向で片づけたので、書庫はがらんどうになり、家具の置かれていた痕が目立つ絨毯が妙に寂しい。

今までお世話になったボスも「寂しくなるな」と言う。「お世話になりました。ありがとうございました、楽しかったです。」と言うと、「そんなに改まるな」と言われてしまった。今回の引っ越しはボスの会社がわたしの所属する会社を知り合いの別の会社に営業譲渡するという形だったので、本当に最後になるのだけれど、また会う機会もあるのかもしれない。
移転でも、わたしは本社の慣れた人間関係の中へ入るわけで、古巣に戻る感覚があるので、気分的には楽だし、ここに来るときのような不安はない。あの時は娘の小学校に上がるのと同時だったため、時間的な読みや、その他うまく回転できるか非常に不安だったのだ。
実際来てみれば、棚の組み立てから、パソコンの設定からコピーから何から、おじさんたちは全く何もできないし、しようともしない。女性はわたしだけなので、通常の仕事以外にお茶くみとか茶碗洗いとかが加わるのは仕方ないが、お昼の男性社員のお弁当を買いに行くというのもこの会社では女性の仕事になっているらしかった。自分のことは自分でするのが当たり前な業界に生きていたので、これまでは絶対になかったことだ。そんなわけで個人的なおつかいも多いし「なんだかなぁ」と思わない日がなかったわけではない。お昼は女子社員は留守居をするため、外で食べることはなく、となると休憩時間中でもおかまいなしに仕事は言いつけられる。
でも、これまで考えもしなかったようなことを全部やれるのもいい経験だと思ったのだ。やってみれば、比較的暇な時間も多かったし、本業に対する多少の理解はあったので、「お茶汲みをするために来て貰っているのではないから」と配慮して貰えたり「子どものための休みは気にするな」など、これまで期待もしなかった暖かい言葉も貰えた。わたしの気の利かなさに慣れたのか、気を使ったのか、何があったかはわからないが、おじさんたちは簡単なモノは自分でコピーを取ったり、自分の分は勝手にご飯を調達したり、外に出たりするようにもなっていった。思うほど働けていなかったのかな、と申し訳なくもあるのだけれど。

今度は通勤時間も楽になるし、小学校生活というものの対処の仕方も分かったし、恐らく本業ももっと増えるだろう。精神的にはきついこともあるのかもしれない。それでも、正直、慣れた世界に身を置くのは気分的には楽だ。思い出も作ったような気がしないほどほんのちょっとしかここにいないような気がするけれど、いつか懐かしく思う日も来るのだろうか。