my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

炎の裁き

炎の裁き (ハヤカワ文庫NV)

『炎の裁き』 フィリップ・マーゴリン著 田口俊樹訳 ハヤカワ文庫 ISBN:4150409536

大手法律事務所の代表弁護士を父親に持つピーター・ヘイルはコンドミニアムに住み、真っ赤なポルシェを乗り回し、優雅な生活を送っていた。6桁に近い収入を得ても、債務超過になっている暮らしぶりだが、ある日父親が心臓発作で倒れてしまう。無効審理を唱える父に反し、自らの野心のために代役として法廷に立ち、勝利確実だった訴訟に負けてしまう。賠償金を受け取り損ねた原告は障害を負った体で前途を絶たれ、父親はピーターを解雇し田舎町ウィタカーの知り合いの刑事弁護士に預けることにした。
公選弁護人として田舎町でくすぶり続けるピーターの前に、殺人事件の死刑訴訟が依頼される。被告は知的障害を持つ青年で、とても凶暴には見えない。死刑訴訟の重さを省みず、己の名誉挽回のためにと訴訟を引き受けたピーターだったが……。

マーゴリンにしては珍しい、ダメダメ弁護士が主人公である。ピーターは世間知らずで、自分に甘い、人生を舐めてるとしか言えないどうしようもないお坊ちゃんだ。こんな弁護士に弁護される人が気の毒、しかも死刑訴訟だなんて、と心配しながら読む。
登場人物が類型的に過ぎるとの指摘を受けたマーゴリンが、今作では人物造形に力を入れたというのが分かるが、正直に言うとピーターが成長していく過程はもう少しドラマティックでも良かったんじゃないかと感じた。あれほど甘甘なお坊ちゃんが、いかにして変わっていくかという内面を描くなら、凋落も立ち直りも、もう少し劇的な変化がなければ、と思うのだ。人はそう簡単に変われない。よほどのことがない限り。痛切に今までの自分の悪所を己で感じ取り、自分を責め苛み、もう二度とそうならぬと刻みつけなければ変われない。そう思うのだ。

プロットは相変わらず申し分がない。このプロットと人間劇を組み合わせて、複雑かつ重厚なテーマにしたいのならば、多分これまでのページ数では収まらないだろう。いや、それはむしろ必要なことなのだろうか?とすら思ってしまう。
面白本としての妙味を追求したいのならば、人物は彼の壮大なプロットにとっての駒であっていいのではないか、と思えるのだ。クイーンにはクイーンの、ナイトにはナイトの役割がある。それが十全に機能すればいい、そう思えるほどマーゴリンのどんでん返しは素晴らしいのだから。人物が類型的と批評されると言うことは、逆に言えば批評家たちはプロットでは腐しようがないということでもある。

ともあれ、事件の様相も、登場する人々も、ラストもなかなか爽やかで良かった。実際に自分が拘わった事件を基に書かれた作品だそうだが、個人的には『黒い薔薇』より面白かったかも。読むたびに「面白かった」と言わせてくれる作家はそうそういない。さすがは「十割打者」である。