my trivial daily life

観劇備忘録のようなもの

陪審員

陪審員 (ハヤカワ文庫NV)

陪審員』 ジョージ・ドーズ・グリーン作 岩瀬 孝雄訳(ハヤカワ文庫)ISBN:4150408912


ストーリーは、ある一人のシングルマザーが陪審員を引き受けることから始まる。その刑事裁判は有名なマフィアの殺人事件についてだった。選ばれた12人の陪審員。その中で彼女の奥底に秘めた強さと知性は被告側に目をつけられてしまうのだ。本来なら警察や法の力が当然守らねばならない陪審員のプライバシーも、誰も守ってはくれない。刃向かおうにも相手は知的で残酷で用意周到。彼女は自分の息子の命を盾にとられ、たった一人で他の陪審員を説得し、14日間で無罪判決を引き出さねばならなくなった……。


面白かった。まるでノンストップムービーを見ているかのようなクライマックス。読んでいて映像が浮かび上がり、そのドラマティックな展開にはハラハラさせられる。悪役は本当に怖くて、何でもできそうだし、ヒロインはその悪役に負けじと、持てる力を奮う様が生き生きと輝きを放つ。脇役も個性的。舞台も人物も鮮やかで、非常に映画的な小説だと思う。リーガル・サスペンスでありながら、ある一人の陪審員という、ごく身近な一般人をヒロインにしただけに、法廷シーンなどの小難しい部分は少なく、アメリカの陪審員制度についての知識がなくても楽しむことができる。
パタースンは緻密で重厚なプロットと繊細な人間劇を楽しませてくれるが、グリーンは骨太でダイナミックかつロマンティックなエンターテイメントなのだと感じた。大胆に話を展開しながら、破綻することなくエンディングまで一気に持っていく。


惜しむらくはわたしが原文を読む力がないことだ。文体についてや、作品のディテールを味わうには、翻訳の力が大きい。正直、相原真理子氏や東江一紀氏の、まるで翻訳者など存在しないかのような自然な日本語訳に馴染んでしまっていたので、読み始めは、「ああ、翻訳されたものを読んでいるんだ」と感じて、読み辛かった。ただ、グリーンはもともと詩人であったのだし、だからこそ個性的なスタイルである感じもしたのだけれど。


それにしても、生きる力を描くとき、女性を主人公にするというのは正解かもしれない。男性だとハードボイルド・アクションものになってしまうが、子供を守る母親を主人公にしてしまうと、そこには破滅の美学なんてものは存在し得ないからだ。滅茶苦茶でも、支離滅裂でも、泥臭くても、とにかく生きて、生き抜いて、我が子を守ろうとする。これって最強ではないだろうか。
悪役の男性はロジックの人。ヒロインはカオスの人。これはまるで、論理と本能の戦いみたいだ、とも思った。